猫と犬とピアノと、たまに本。

猫娘達と犬娘、そして音楽と本に囲まれて生活しています。

1番足りなかったもの。

プレコン当日の演奏動画を聴いて、改善に繋げよう、と思ったのですが。

 

会場に同行してくれたシュフに、スマホで録画してくれるようお願いしていて、実際撮ってくれたのです。が…。

「録画、撮れているか確認して」

というので、撮った動画を私のスマホに転送してから自分のスマホで見ようと思い、シュフのスマホを借りて手に取って、転送しようとしたところ。

動画の録画時間が21分以上になっていました。確か、最初に動画の一覧画面を見た時には5分弱だったのですが…。

試しに私の演奏シーンを聴いてみると、めちゃくちゃスロー。そして、深海の底のような音。それも微かな音。音量を最大にしてもソナー音みたいな、とても音楽を奏でているとは思えないような音でした。

会場に聴きに来ていたYouTuberのkayoさんが、

「編集アプリに取り込んで、早送りしたら聞けるかも。」

と、教えて下さり、その通りにしたのですが…。

 

先日UPした動画には「演奏動画は残せなかった」

という主旨のことを言ったのですが。

ホントのことを言います。

通常の速さの動画自体には戻せました。しかし、映像は戻せましたが、演奏の音は…。

通常の映像として、音声を聞くだけならば、十分耐えられるものになっていました。が、音楽の演奏を検証するというレベルに達しているか、と問われると、とてもお聞かせできるレベルの代物ではありませんでした。音がスカスカで響きは実際の演奏と思われたらとても恥ずかしく感じる程の響き。当日の演奏の拙さを差っ引いたとしても、赤面するような音でした。これを「私の当日の演奏動画」として出すのは、あまりにも私が可哀想過ぎる…。

 

と、いう訳で、

「演奏動画は残せなかった」

という顛末にしました。実際、当日そのままの演奏は残せなかったので、嘘ではありません。と思います😓

一応、手元に残った残滓のような演奏動画を後学の為に聴きました。何回も。

あんなスカスカの音源でも分かったこと。

 

演奏が雑だ…

 

次の音に移る時の指運びとか、音を出す時の瞬間音とか、コンマ何ミリ秒の世界の話かも知れませんが、その指先の細部にまで拘らないから、何となく私の演奏には雑味が出てしまう、と感じました。

本番で緊張して身体が固くなっていたとしても、普段から意識して練習していれば、修正できたかも知れないのに。

もっと、ミクロの世界で音楽を「音」を作り込んでいかなければならない、ということを、本番を経て初めて実感…いや、痛感しました。遅いですけれどね。いや、感じないよりは進歩ではあるのですが、もっと早く痛感するべきでした。

 

そんな思考に至った時、「まいどる」こと浪川舞さんの練習動画ライブを観ました。


www.youtube.com

練習の合間に雑談や質問の回答をして下さっていたのですが、聞くとまいどるさんは、通し練習は殆どなさらないとのこと。1小節2小節単位を30分、1時間と延々と練習していらっしゃるそうです。そして、その実演もなさっていました。まあ、ライブの中でガチ練習をしていたので、実演というのとはちょっと違うかもしれませんが。1小節1小節を丁寧に仕上げていき、最後に曲として完成させるようです。つまり、以前の私が記事で書いたところで言う「切り絵」方式です。

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ライブの中で、まいどるさんは、ただ単に1小節を繰り返して弾くだけでなく、片手で弾いたり声部を取り出して練習をしたり、と工夫を凝らして練習していました。

 

お師匠から強く切り絵方式を勧められてはいるのですが、私は、曲によってはそもそも声部の違いが朧げにしか分からない、というお粗末さです。なので、部分練習と言っても、私が切り絵方式で練習をすると、「素振り100回!」「兎跳び50周!」などという昔ながらの理屈抜きで繰り返す、ガムシャラなスポ根漫画風になってしまうのです。そのため塗り絵方式で、通して弾く曲練習がぼちぼち指に馴染んできたあたりで、違和感を感じるところを部分練習する、というやり方をやってきたのですが。。。私の練習方法では、自分が気になるところは練習しても、ツルツルと流れてしまうところ、でも本当は気にしないといけない部分は気付かず流していってしまうのですよね。

1音1音を意識して練習するのであれば、やはり切り絵方式が望ましいのでしょうか。小節単位で練習して、しっかり色が付いたところで次の小節に移る、という…。

 

試験勉強は、合格最低点を1点でも上回れば合格です。100点満点を目指す必要がありません。いや、逆に100点を目指すのは効率が悪すぎます。100点を目指す位なら、とっとと違う試験を目指した方が資格も増えて世界も広がると思います。100点を目指すのは、学校の定期テスト対策で十分です。(学校で100点を連発するような優等生でも、受験に合格、就職で内定、に結びつくかと聞かれると、必ずしもそうでもないのですけれど。)

が、ピアノが目指すべきは、「自分が出来る最高の演奏」なのですよ。つまりは、100点を目標に練習すべきなのだと思います。それを目指した上での、競い合いなのですよ。コンクールの場合は。いや、コンクールにチャレンジしなくとも、ただフワッと最初から最後まで弾けました、というヒトの演奏よりも、突き詰めて突き詰めて突き詰めて…今自分が弾ける最大限の力を振り絞るヒトの演奏の方が、圧倒的にヒトの心を打つのだと思います。

結局、その突き詰め尽くす為の緻密さが、1番私に足りなかったものなのかなぁ、と猛省しています。練習時間が足りないのはさて置いて。あ、あと「ま、いっか」と、すぐ自分を許してしまう弱い甘えた心も、ですが…

 

いくら少ないとはいえ、総練習時間は積み重ねて来ているのだから、数年前よりは流石に上達してると思います。これに、1音1音に拘る緻密さを習得すれば、もっと素敵な演奏が出来る!

…と、自分を叱咤していきます。

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[三女ちょこ 抱っこ嫌いな彼女が、珍しく…いや、初めて膝の上に乗ってくれた時のショットです。諦めずに気長に続けていけば、いつか私のピアノにも奇跡が起きる!…かも知れません。目下の目標は、「大人ピアノだけれど中級レベル突破!」です(苦笑)]

因みに。

あんな雑な仕上がりで演奏したにもかかわらず、箸にも棒にも掛からなかったことに一丁前に激凹みして、最近まで受賞者の方々の素晴らしい演奏(YouTubeでの動画)を聴くことが出来なかった、というのは、ここだけの話です。ニンゲンが小さいのが、バレバレですね(苦笑)

足りない…

昨日、終わりました、プレコン。

結果は…。

多分、過去1上手く弾けたと思います。

緊張症の私が、舞い上がることもなく。多分、長く練習しており、本番を何回も経た曲でもあったから、だと思います。

でも、駄目でした。

入賞まではいかなくとも、奨励賞?くらいは貰えると思っていました。正直なところ。コンテスタントの半分近くは貰えていたので…。でも、駄目でした。失敗は何もありませんでした。あ、1音引っ掛けたところはありましたが、曲想を妨げるようなことはなかったので、評価には影響ないと思います。でも、駄目でした。過去1最高に弾けたのに。

何が足りなかった?才能…?

 

プレコンを受ける目的の1つに、プロの評価を紙に書いていただける、というのがあったので、客観的な意見を貰いたい、というのもありました。それも、3人の審査員全員それぞれから。

 

その評価をかい摘んでみると。

・メロディが綺麗だった

 これは、意識していました。

・P-fの差があって良かった

 これも意識していました。やり切れたかどうかは分かりませんが。

・クライマックスの盛り上がりが良かった

 これも意識して練習しました。音が割れないように調整するのが大変でしたが…

ここまでは褒めていただいた点です。

 

・左手の伴奏にもっとメロディを乗せて弾いた方がいい

・出だしの左の音が大きい

 調整したつもりでしたが、最終的には、どのようにしたら良いか分からず混乱したまま弾いていたような気がします。

・左手の付点が焦って弾いているように聞こえる

 お師匠に散々、口を酸っぱくして言われ続けていました。自分では直したつもりだったのですが…。

・ペダルが濁っているところがあった

 多分ここだろうなぁ、と思い当たる箇所があります。私自身、気にはなっていました。とは言え、私がペダルを「ぷつっ」と切ってしまうので、お師匠としては、苦肉の策で、「ペダルを離さなくて良い」と仰っていたのだと思います。

・左手だけで練習すると良い

 

いただいた評価を基に振り返ってみると、良かった点が、悪かった点にかき消されてしまっていますね。帳消しレベルで。そっか…。

 

練習している時には、いかにメロディを美しく聞かせるか、にばかり意識が集中してしまい、左手は添え物程度にしか思っていませんでした、無意識にですが。左利きなのに、左手を大事にしなかったから、左手に足を引っ張られた、ということです。「手」ですが。

 

要するに。

意識の向け方に粗があった、練習内容に穴があった、ということでしょうか。

疎かにした左手に足元を掬われた、苦手なリズム練習を突き詰めなかったから曲の完成度に影響した、ペダリングを研究しなかったから美しさに影響した。

そう考えると、今回の結果は、至極当然のこと、か…。

 

何事も雑では駄目、ということですね。

 

私には、細部を詰める細やかさが足りなかった。

メロディを磨くことに甘んじるのではなく、メロディを下支えする左手も磨くべきだった。苦手なリズムもきちんと意識して安定させるべきだった。

 

要するに、突き詰める「努力」が足りなかった。

まだ、「才能が足りない」と言いたくありません。才能論を掲げる程、努力を尽くしていません。

 

また、一から出直しです。「足りない」ものを補う為に…。

 

凹んでいる場合ではありません。落ち込んでいる場合ではありません。

「足りないものが分かって良かった」

そう考えると、超絶ハッピー!

勿論、強がりですけれど、ね(苦笑)

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[犬娘まろん 落ち込んだり悲しんでいると、いつも心配そうに寄り添ってくれます。]

余談ですが。

グループバナーを貼り付けていて思い出しました。

私は、「音楽と共に行く」と決めたんでした。そこに、才能云々を持ち出すのは無粋でしたね。

音楽はヒトを選ばない!価値を決めるのは、いつだってヒトの方でした。私は、私のやりたい音楽をやる。その為に努力をするだけ。それで良いのですよね。

あれ、選択を誤ったかも…(汗)

すっかりご無沙汰しております。

前回の記事投稿から、20日以上過ぎてしまいました。私の感覚では、せいぜい1週間位の感覚なんですけれどね…時間の経過の速さに、年を感じます(遠い目…)。

 

さて、以前からうっすらぼやいている「プレコン」を明日に控えて、ソワソワしている私です。あまりピアノを弾きすぎると「本番前の樹海」に迷い込んでしまうので、ピアノに近づかないようにしているのですが…。(既に、樹海のとば口にまで来ている、というのは内緒です。)

という訳で、ピアノではなくPCのキーボードを叩いているところです。

そして、よせば良いのに、つい明日のプレコンについて、検索をかけてしまいました。「エゴサーチ」とまではいきませんが、プレコンの「難易度」とやらを。

お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、明日挑戦するのは、長田翔一さん主催の第一回「趣味の大人のためのプレ・ピアノコンペティション」です。

申し込んだのは、今年の1月1日。

先日のまいどるさんの演奏会への出演OKの返事があった数日後で、気持ちが高揚していた時でした。

申し込むにあたり、初級・中級・上級と3つの部門がありました。真っ先に上級は「無いな」と、切り捨てました。5分を超えるような曲を弾きこなす実力は持ち合わせていませんので…非常に残念ながら。そして、演奏会終了後、約1ヶ月後にプレコンがあることを考えると、曲は「愛の挨拶」一択でしょう。曲は3分前後。初級?中級?と考えた時、初級は「ソナチネ程度まで」と記載があったため、(一応、ソナチネは離れて久しいしなぁ。)ということで、中級を申し込みました。

が。

検索結果に出てきたプレコンのXを、今改めて見たところ、中級は「自由曲8分以内」なんだそうです。そして、「ソナチネ修了程度以上の作品。」

…ん?

「愛の挨拶」は、「ソナチネ修了程度以上の作品。」なのか?ひょっとして、ソナチネと同程度では?私の腕も、背伸びはしているけれど、せいぜいその程度の腕前だし。残念ながら。

そう考えた時。

初級で申し込んでおけば良かった〜〜〜!!

 

本気で後悔の念が襲ってきました。

本番前日にして、またまた、ひとりで悶絶しています…(苦笑)

[四女むぎ 「通知表に、『問題文をよく読みましょう』って書かれていたでしょう?」…はい、おっしゃる通りです…(泣)]

 

因みに、このプレコンの「難易度」をサーチしても、検索には引っかかってきませんでした。第一回なのだから、当然ですよね(苦笑)

新しいアイテムを手に入れた!

昨日、演奏会の本番がありました。

本番直前まではガクブルで、「始まれば終わる…」「始まれば終わる…」と、呪文のように唱えていました😅


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↑でひとりリハーサルをしてはいましたが、本番前のリハーサルは、椅子を置いて、ヒト(出演者)が聴いていての演奏。リハーサルの時点で既に緊張していました。

しかし、


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出演者・スタッフの中に↑(3月16日)の弾き合い会に参加された方が数人おられて。リハーサルの演奏を聴いて、

「前聴いた時より良くなってるよ〜!」

と、おっしゃっていただき、(そう?そうだったら嬉しいなぁ。)と、思いつつ。

本番の舞台に立ちました。

私は、緊張が顔に出ない面倒な性質ですが、実は人並み以上に緊張症。ニコニコ笑いながら内心バクバクでした。演奏会のトップバッターだったので、トチる訳にはいかない、そして、第一部のピアノversionと第二部のフルートversionの対比を聴いてもらうという演奏会のコンセプト、という重責を担っている、というプレッシャーもあったので、絶対1回は大コケする。いやいや…大丈夫。という脳内戦争がずっと勃発していました。

そこで。

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前日の記事のコメントでいただいたアドバイスを思い出し。

妄想ワールドを繰り広げるために、本番の演奏中に初めて歌いました。声を出して本当に。「歌」というよりは「呪文」?ボソボソ鼻歌レベルの音量でしたが。幸い、メロディラインが際立つ曲「愛の挨拶」(エルガー作曲)なので、メロディーを歌うと、ピアノのメロディーラインが浮き上がって弾くことができました(当社比)。

そして、歌を歌う(いや、「呪文を唱える」)と、不思議とそちらに注意が向かい、いつもの(間違えたらどうしよう)とか、(楽譜が分からなくなったらどうしよう)という方向には注意が向く余裕がありませんでした。勿論、全部のメロディを歌うことはしませんでしたが、緊張が込み上げて(あ、トチりそう💦)と感じたところは積極的に歌うようにすると。

視野が狭まることなく、いつもより斜に構え…ではありませんが、いつもより俯瞰した立ち位置で演奏を終えることができました。集中力も途切れることなく。というか、歌(呪文)に集中?できました。

 

プロのピアニストが、演奏中に口をパクパクさせたり、声を出したりしているのを見ることがありますが、私には縁の無いことだと思っていました。演奏中に歌うなどという高難易度なことは、プロしかできないし、やってはいけないことだと思っていました。でも、もしかしたら、プロも緊張避けもしくは集中力維持のために歌を歌っている(もしくは呪文を唱えている)のかもしれない、ということに初めて気がつきました。

 

「歌」(呪文)

という新しいアイテムを片手に、これからの演奏会、チャレンジしてみようと思います。

ももはなさん、ありがとうございます!

 

余談。

私的には、大コケせず、最後まで弾き切ることができて大満足だったのですが、そして、出演者の方々、観客の皆さまからも「良かった」と賛辞をいただいたのですが。

我が家のシュフからは、

「音がデカすぎ。音が割れてた」

と大批判。勿論、夜酔っ払いながら大ゲンカでした。デリカシーがなさすぎ!

演奏会が終わった日くらい、無事に終わったことを喜ばせて欲しいものです…。

 

更に、余談。

ついさっき、主催者様から演奏動画を送っていただきました。

すごいことに、私の実力相応の演奏でした。

が、音が硬い。シュフの言うような音が割れる感じは感じられませんでしたが、「愛の挨拶」に相応しい、フワッとした柔らかな音は出せていませんでした。

プレコンまでのあと1月。まだまだ磨く余地はたっぷりありそうです…。

(シュフと一緒に聴いたら、シュフの方は「録画の音は、ちゃんと聴こえた。(割れていなかった。)これなら良い。」と、言っていました。面倒くさい御仁です😒)

[犬娘まろん 私の身体も彼女みたいに素直であったら、こんなに苦労しないのに、なぁ。]

 

本番前日。

ソワソワドキドキしながら過ごしています。

さすがに仕事は、休みました。

多分、仕事をしていても落ち着かないでしょうし、万が一本番で上手くいかなかった時に、「前日まで仕事をしていたからだ」という言い訳になってしまいかねないので。

 

色々なことを考えながら練習を続け、前日まで来ました。多分、大丈夫だと思います。いや、絶対大丈夫。

勿論、実力以上の演奏はできないでしょう。実力通りでいいのです。いや、実力の7割の実力が出れば上出来だと思います。何なら、とちって止まったり弾き直さなければ、最低限のノルマは達成です。そう思えば楽…うん、多分…。

 

藁にもすがる思いで、午前中にお師匠にレッスンをしていただきました。

最初に「愛の挨拶」を弾きました。多少音を引っかけるところはありましたが、止まらずスムーズに弾き終えました。、少々指導を受けた後に再度弾くと、指導されたところが気になって、楽譜の中で迷子になってしまいました。弾き直すと一応、弾ききれました。が…。

うわ〜、この気分のまま明日に持ち込みたくない〜

そう思っていたのを知ったか知らずか、お師匠はそのままレッスンを続けました。本番直前のレッスンは、いつもなら他の練習中の曲のレッスンはお休みして、30分程度で終わるのですが(通常レッスンは1時間30分程度です。それでも30分ぶんの月謝しか払わせてくれません。「自分の勉強にもなるから」と言って。あり得ない金額です。)、次に発表会で弾く予定の曲のレッスンを続けました。「本番前日だけど…」と、言いつつ。まだ譜読み段階なので、そこまで焦ってやらなくとも…と、正直思ったのですが、勿論否とは言えません。指示通りにレッスンは続きました。

合計1時間程度のレッスンを終え、さすがに今日のレッスンは終わり、と思って楽譜を片付けていたところ、

「じゃあ、最後に『愛の挨拶』を弾いてみましょう。」

と、まさかのお師匠からの指示。

え。

まあ、さっきの消化不良のまま不安な気分のまま帰ったら、明日まで悶々とした気分が続くでしょうが…。

カバンにしまった楽譜を慌てて出し、言われるがまま、演奏をしました。

多少引っかけてしまったところがあったものの。

「今までで1番の演奏でした。」

とのお師匠の賛辞。先程注意されたところも良くなっている、とのお言葉。

「明日も大丈夫!ちゃんと出来ます!」

背中を押していただきました。

これを言わんが為に、次の発表会の曲をレッスンしたのか…。

お師匠の偉大さに、改めて頭が下がる想いでした。

 

お師匠からいただいた太鼓判を信じて、明日舞台に立とうと思います。今日は、もう練習はやめ!

美味しい料理を食べて、のんびり過ごして明日に備えましょう。

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【蕎麦の美味しい店で、ランチを食べました♪】

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[四女むぎ 「今更ジタバタしてもしょうがないんだから。肩の力を抜いてリラックス、が1番よ。」…はい。そうすることにします]


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↑1週間前の七転八倒の様子です。この時よりは、上手くなっています、多分😅


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↑我が家のシュフ作成の動画です。ショートなので気軽に観れますよ♪

敵前逃亡…

思考の中でだけですが(苦笑)

 

演奏会まで残すところ、あと2日になりました。

落ち着かないこのソワソワ感、早く逃れたいものです。時が全て解決するのですけれどね。

 

さて。

今回の敵前逃走妄想は、

「演奏会が終わったらやりたい事」

です。

演奏会が終わっても、5月上旬にプレコン(プレコンクール?プレコンペティション?の略らしいです。)があるので、その後ですが。

 

1 寝たい。

1日中ゴロゴロして、無駄に時間を浪費したい。

ショートスリーパーでないのに、毎日5時間弱睡眠を強いられているワタシです。一旦リセットをかけて、身体の疲れと焦燥感を払拭したいです。

2 本を読みたい。

読みたくて溜まっている本、最近では漫画ですら読めずに溜めている始末。一度ゆっくり読む時間を設けたいです。

3 撮り溜めたドラマ映画を観たい。

 うちの録画媒体がキャパオーバー間近で悲鳴を上げています(苦笑)

4 ストレッチしたい。

 毎日しろよー、とツッコミが入りそうですが、興味がある事以外削ぎ落としてしまう廃人同様の生活に入っているワタシです。このブログも、動画も基本通勤中に指1本で作成している有様。ストレッチも電車の中で出来ればやるのですが…(ホントか?というツッコミが入ります。私自身で。)

5 通勤電車以外の電車に乗りたい。

 新幹線で北海道まで、とか、富山まで、とかに行きたいです。日帰りで。行って何をするんだろう?という疑問はありますが。とりあえず、電車に乗りたい、かも。

6 浜松のYAMAHA工場を見学に行きたい。

 一度行ってみたいと以前から思っていました。行けたら日帰りで行きたいなぁ。先日静岡市清水区まで日帰りで行けたので、行けるかな。

7 ストリートピアノを弾きに行きたい。

 超チキン心臓のワタクシ。1人では行く勇気がありません。たまにストピをするときは、我が家のシュフが突き飛ばさんばかりに背中を強く押してくれて、やっと…です。自分1人でも果敢に挑めるようになりたいです。まあ、これが出来たらピアノを再開した意義の8割位は達成出来たも同然ですが(苦笑)

8 貰っている課題以外の曲を練習したい。

弾きたい曲が沢山あります。中には骨の折れるものもありますが、譜読みの比較的楽そうなモノを選んで遊びたいです。

 

…あれ。結局ピアノに戻ってきてしまいました。まあ、そんなモノなんでしょうね。

プレコンが終わっても、6月下旬には、また「まいどる」さんのサロン発表会?に参加させていただきます。(これは、演奏会とは違って自分自身にのみ責任が生じる演奏なので、まだ気が楽です。)8月上旬には、お師匠主催の発表会もあります。12月上旬には、YouTuber「ちゃまま」さんの弾き合い会デビューだし。また、グレードの日程も考えなきゃ、だし。コンサートグレードにも参加してみたいし。来年こそはバッハのスクールの選抜試験に合格したいし。ちょっと、その先の進路についても熟考中だし。

ピアノ一色に染まっているような生活です。やりたいことがある、ということは、幸せなんだろうなぁ、と思います。凹むことも多いけれど。でも、それはプロのピアニストですら同じらしいので、仕方ないのかな。(先日Mr.フォルテさんのチャンネルを見ていたら、ピアノお兄さん新井さんがゲスト出演しており、フォルテさんと2人でそんなことを言っていました。)

 

さて置き。

本番まで残すところ、あと2日。

演奏順トップバッターの私は、このブログ記事をUPする時間の丁度48時間後には、演奏会が終わってホッとしているのでしょうね…。いや、そうであって欲しい。そろそろ本番でしくじる「負け癖」は、克服したいです。いや、克服できます。(自己暗示中です。否定ツッコミは受け付けません。)

 

まいどるさんが先日おっしゃっていました。

「わざわざお金を出して会場に聴きに来てくださるお客様に、敵は居ない。みんな味方なんだから。楽しみましょう♪」

と。

至言…。

【三女ちょこ 疑いを知らない澄んだ瞳。私も自分を疑わないよう澄んだ心でいようと思います。】

 

 

「苦音」て…。

すごい表現だなぁ。

どのレベルまで弾けたら、苦音でなくなるのだろうか。私など、一生苦音以上の音は出せないような気がします。


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そもそも、ストリートピアノ、街ピアノって、弾きたいヒトが自由に弾いて良いところに、その醍醐味があると思うのですが…。

たとえ練習だって、その時弾きたいヒトが練習したい気分だったのだから、良いんじゃないかなぁ、と私個人は思うのです。

「公開」練習をする勇気は、私にはありませんが(苦笑)、公開練習するヒトは、中々の心臓だと思います。ピアノを弾きたくても、周りに練習環境が無くて、たまたま目についたストリートピアノで「練習したい」と思ったのかもしれないし。(まあね。確かに、ガチ練習を聞かされる方は、正直辟易してしまうでしょうけれどね。昔、ピアニストが四六時中ガチ練習をしていることから、殺人事件に発展したとかしないとか。)

 

超緊張症の私は、人前で弾く度胸をつけるためにストリートピアノを利用したいと思っていました。ある程度弾けるようになって、心臓バクバクの時でも一定の水準を保った演奏ができるように訓練するために使いたい・・・と、思ったのですが。

「苦音」ですか。

練習を重ねて、本番を迎えるような段階になっても、緊張で同じフレーズから抜け出せなくなる現象や、途中で弾けなくなる現象もあります。華麗に弾けないと「苦音」と言われる可能性もあるのですか?だったら、ストリートピアノは、プロしか弾けない代物ということになりますね。

 

ストリートピアノの苦情についてネットを辿ると、「ピアノの音がうるさい」という苦情もあるのだとか。ピアノの音で駅のアナウンスが聞こえ無くなるのは、支障が生じるので仕方がないかもしれませんが、「ピアノの音がうるさい」・・・。

そう言えば。

学生の頃、友人のお宅にお邪魔した時、友人のお母さんに「ピアノを習っているんでしょ?弾いてみてよ」と言われて、成り行き上ピアノを弾いたのですが。弾いた後、友人家族に「上手い」も「下手」もなく、ただただ「音が大きい」と言われました。私としては、弾いた曲に合った強弱を付けただけなのですが・・・。ピアノを嗜んだ人ですらそうなのですから、ピアノに縁の無い人からすれば、ピアノの音は騒音なのかもしれませんね。

 

コロナの時期を経て、YouTuberピアニストの活躍が際立つようになり、それに触発されたピアノ再開組(私も含めて)の活動が活発になるにつれて、ストリートピアノが注目されるようになったのだと思います。NHKで「駅ピアノ」という不定期番組もありますし。注目されると、アンチも必ず出てくるのかな、と。肯定的な意見は皆声に出さないけれど、否定的な意見や苦情は口に出すから、しばしば物議を醸すのですよね。多分、否定的な意見を言っているのは、全体のごく僅かなひとなのですよ。そして、大多数は、良くも悪くも思っていない。聞かれて初めて「どちらかと言えば・・・」と意見を言うのだと思います。インタビュアーが、否定的な意見を求めていれば、否定的な意見を導き出すのかな、と。

 

ストリートピアノは、音楽に馴染みのない人が、音楽に触れる最初のきっかけになる、音楽愛好家の裾野を広げるものだと私は思っています。

ストリートピアノを管理されている方達は、否定的な意見にばかり過敏にならずに、ストリートピアノを応援している人達の小さな声にも耳を傾けて欲しいと思います。

ストリートピアノに否定的な人達は、「ピアノが好きな人達がいる」ということを知ってもらい、少し寛容な気持ちを持っていただけたらなぁと思います。ピアノが上手くなりたくて足掻いている人も少なからず居るんだ、と。

そして、ストリートピアノを弾く人たち。

「ピアノに触れてみたい」という興味本位の気持ちで音を鳴らすのは有りだと(私個人は)思っていますが、イタズラ心で鍵盤を殴りつけたり大音を出すことのみに専心するのは、やめていただきたいです。要は、その音を聴いて、周囲が寛容な心になれるか、不快になるか、の違いかな、と思います。「公開」練習は・・・順番を待っている人がいなければ私は有りだと思いますが、恐らく多くの人は不快になると思います。壊れたレコードみたいに延々と同じフレーズを聞かされる苦痛は、ストレス以外の何物でも有りませんから。(私も自宅では、ストレッサーの発生原因です😅)

また、マスコミの人たちは、「大きな声」ばかりに注目せず、声を出していない多くの意見にもライトを当てて下さい。報道の仕方によっては、アンチ派が増えてしまうので…。

 

あ〜、支離滅裂な記事になりましたが、言いたいことは1つ。

「ストリートピアノ文化を無くさないで〜!!」

 

【犬娘まろんと三女ちょこ 種が違ってもお互いを慮ることができるのだから、好みが違っても、労り合いましょうよ…。】

 

因みに、私はストリートピアノで「ストリートファイト」する気はサラサラ有りません。

音楽って、もっと優しい心で奏でるものなのじゃないのかなぁ。

ちょっとホッとしました。

かねてからお話ししている、ソルフェージュの先生が、エルサ(※映画「アナと雪の女王」)ばりのブリザード体質だ、という件です。

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先週末、とあるYouTube番組も運営しているピアニスト様から単発レッスンをしていただくチャンスがあり、指導していただきました。

レッスンを見ていただく前は、音大卒の先生(イメージ)のデフォルトが、ソルフェージュの先生であったため、少々ビビリながらレッスン室に行ったのですが…

エルサとは正反対!

私が理解できるように、言い方説明の仕方を丁寧に工夫して何度も伝えて下さる姿に、正直ホッとしました。

私があからさまにビビっていた姿を見て察したのか、(ぷっぷるちゃん傘下の先生達は、)「昔から気が強いヒトが多いんですよね…」と、呟いておられました。

そのピアニスト先生曰く、

「音大の先生で、(ぷっぷるちゃん傘下の先生たち程)厳しい先生は居られなかった」

そうです。受験準備のためについた先生ですら、ぷっぷるちゃん傘下の先生たちのような厳しさの先生は、居られなかったそうです。ま、中には厳しい先生も居られるのかもしれませんが、ごく稀…?少なくともピアニスト先生は、そういう先生には当たらなかったそうです。

 

ピアノは芸事。芸事は、昔から技を伝授する為に無用な厳しさを課すのも指導の一環。これに耐えられたヒトだけが、一廉の手練師になるんだ。と、思っていた私は、(あのブリザードに耐えられない私は、そもそもピアノに習熟する資格はないのかも…)と、自分自身の可能性に蓋…はしませんが、少々マイナス思考気味に考えていたのですが…。

(そうだよね〜。無駄に厳しくして、無駄に萎縮させて、生徒が伸びる、と思っている方がおかしいよね〜。)

今は、音楽にしてもスポーツにしても指導法が学問として確立していて、一昔前の根性論は意味が無い。…どころか、下手をしたら体罰パワハラ認定されますもんね。

私が子どもの頃、スポーツ指導者は、「喉が渇いても水を飲むな」からはじまって、自分の思う通りに子どもが動「かない」動「けない」と「腕立て伏せ100回」とか、「グランド10周」とかの罰を課したり、殴ったり蹴飛ばしたりしていましたからね。親も教師も、「しつけ」と称して、子どもにゲンコツをくれたりしする時代でしたから。本来は、暴行罪、傷害罪の構成要件に該当する行為なのに。

威圧威嚇をしても、「怖い」から動くだけで、自分自身の意志で工夫努力をしないから成長は遅いし、やる気も削がれるのですよね。その環境下でも伸びたヒトは、何らかの脳内変換をしてアドレナリンを放出させることができたのでしょうが、そのヒトの足下に、適切に指導したらそのヒトよりももっと飛躍出来たであろうヒトの屍が沢山転がっているのだろうなぁ。

 

生徒が何故そのような状況状態になっているのかを考察し、上手く導いていくのが師の役目だと思うのです。私も、ぷっぷるちゃん傘下の先生方も、「特殊な分野だから」根性論・威嚇指導を「是」若しくは「やむなし」とする古い考えをアップデートしないと、ですね。スポーツや芸事は、楽しくないと、ですからね。

と、自省すると共に、ちょっと…いや、かなりホッとした出来事でした。

[四女むぎ 「自分から求めれば、上達も早いんだからね。」なる程。だから、むぎちゃんはオヤツを貰える率が高いのですね(笑)]


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↑「愛を叫ぶ」勇気は、ありませんでした(苦笑)

敵は、内にあり( ; ; )

実は、超内向的な性分のワタクシです。

それなのに、音楽で何とかしたいと思ってしまったので、なるべく外で弾くように、いや、弾けるようになる為に、悪戦苦闘しています。

今週も、地元でとある鍵盤楽器の講習会に参加するための選抜試験を受験して来ました。件のグレード後もバッハの練習を続けていたのは、このためでした。

 

…が。

敵は、内にあり!

この、内向きな性質!緊張症!人前に出るとコントロール不能になるこの身体!

ホント、自分のことながら、自分でどうにも出来ないもどかしさ。自分で自分にがっかりです。

 

直前の練習では、トチらずにスムースに弾けるようになりました。多分、現時点での私の弾ける上限の域に達したかな?と思います。いや、もっと磨けば磨けるのだと思うのですが、もうそろそろ次の曲に行ってもいいかな、というレベルにはなった、と思います。

…が。

試験本番でのあのヘタレさ。

何回とちった?何回ミスタッチした?何回曲の流れを歪曲した?唯一、止まらなかったことだけが救い…という惨憺たる有様でした。

受験を終えた段階で、(あぁ、終わったな…)

と、はっきり実感しました。

今年の選抜試験は、3.5倍だそうです。

(因みに、昨年は、個人的には出来が良かったのに不合格でした。昨年は5倍だったそうですが…。)

…ということは、とてもじゃないけれど、今年の合格はあり得ない。

また、一から出直し、です。

 

今、本番での失敗癖が付いているので、何とかせねばなりませんね。

 

それにしても。

音楽は、心を豊かにする筈なのに、音楽を奏でる側は、舞台を経るごとに心が抉られるのは、なぜだろう…不思議です…。

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[三女ちょこ…と、傍で寝ている四女むぎ(笑) 「傷つきたくなければ、楽しくやれる範囲に留めればいいのよ。コタツの中に入って、ね。」まあ、そうなんですけれど…ね…。]


www.youtube.com

↑私の断末魔の叫びです(苦笑)

 

年齢の違いか、文化の違いか…。

いや、受けた教育の違いでしょう。

…と言うと、差別発言になるのかな。

 

今日YouTubeを何気なく観ていたら、ショート動画に、異様に気になったものがありました。


www.youtube.com

↑この動画です。

え?みっともない?本当?

 

お茶碗のご飯粒は、残さないのが礼儀作法だ、と幼い頃から躾けられてきました、少なくとも私は。食べ散らかして食事を終えるのは「下品」、と教えられて育ちました。

懐石料理でも、最後は漬物でお茶碗を拭って、米粒を綺麗にこそぎ落とす、というマナーがあった、はず。(ン十年前に受講したマナー教室の、薄っぺらい知識です😅)

 

上品なご家庭で育つほど、「綺麗に食べなさい」と、言われて育っているはずです。

「衣食足りて礼節を知る」

ですから。(我が家が「上品な家庭」という話ではないです。念のため。)

箸の持ち方から、魚の食べ方から、躾けられて社会に送り出されているはずです。その中に、「米粒を残さない」というのも当然含まれているはずです。

この場合の「残さない」は、食べきれなくても「残しては駄目」という意味ではないです。食べきれなくて残念ながら残す場合は、綺麗に茶碗の中にまとめ、見苦しくないようにして、残すのです。何が何でも「出されたものは全て平げろ!」というのは、少なくとも私の知っている作法にはありません。残し方にも作法がある、と教えられてきました。

そして綺麗に食べる人は、最後に茶碗に残った米粒を拾うような食べ方ではなく、食べながら自然と米粒が無くなっているような食べ方を会得しているのですよ。茶碗に散乱した米粒を、落穂拾いをするようにつつきながら食べるような不調法はしないです。

 

中国では、一口分残すのが作法、というのは聞いたことがあります。

大学の第二外国語で、中国語(北京語)を4年間習いましたが(自由履修でゼミまで履修しました。今はすっかり忘れてしまいましたが(苦笑))、その教材の中に食事に招かれた時の作法のことが書かれているものがありました。彼の国は、必ず一口分は残す、そうでないと、ホストは「出した料理が足りなかったのかな」と思うそうです。ただ、その時も、食べ散らかしたままではなく、小さくまとめて見苦しくない状態にする、と習いました。

 

動画の「米粒を一粒も残さない人って、みっともない」と言った人、

茶碗に散乱した米粒を、落穂拾いをするようにつつきながら食べる人を見たのか(それでも、綺麗に食べ終えようという努力は評価されるべきかと思うのですが)、…食事の作法を教わる機会のなかった、ある意味可哀想な人なのか〜日本の文化で育った人の場合ですが〜、それとも、ご本人が「貧乏」で、それに対してコンプレックスがある人なのでしょうか…ね…。

[五女そら 食事を終えて、満足しているようです。]

 

余談ですが。

ある程度の年齢で最低限の食事のマナーができていない人には、個人的には心の中で境界線を設けます。少なくとも箸を正しく持てない人、肘をついて食べる人、片手で食べる人、食べ方の汚い人等…。相手が日本文化の中で育った人であった場合は、ですが。価値観の「チャンネル」が違うことが、往々にしてあるので…。

 

ひとり四面楚歌。

お陰様で、コロナ軟禁生活から復帰しました。そして、復帰後初のソルフェージュのレッスンに行きました。

 

相変わらず先生の厳しい指導に、顔は笑顔で、でも気持ちがえぐられています。

「レッスンで弾けないと、本番では勿論弾けませんよ?」

「弾けるようになるまで練習するのが『練習』って言うんです」

「ちゃんと練習してます?」

「練習してこの状態では…。じゃあ、どうすれば良いと思います?」

畳みかけるように言われても。

「練習は、しています。ただ、1日2時間も3時間もは出来ていません。」

正直に言いました。練習量が足りていないのは、残念ながら事実ですから。

と…。

「いや、 2時間も3時間も、とは言いませんが。」

と返されました。楽曲もあるのだから、先生の苦言は、最低でも 2時間も3時間もやらないと克服できないレベルですが?

反論しても意味がないし、先生の指摘は尤もなことだから、黙って聞いていました。が、先生は、私にどうせよ、と思っておられるのでしょうか。物理的な時間が足りないのだから、何とか捻出しろ、と思っておられるのか、それとも、無い中で何とか出来る方法を模索しろ、と思っておられるのか。

ソルフェージュの先生に習い始めてから、既に4ヶ月が経ちました。先生の当初の予定では1月位で9級8級のテキストをさっさと終えて、もっと難易度の高いモノに進める…と思っていたのに、遅々として進まないから、苛ついておられるのでしょう。また、こちらが目標を提示しているから、その目標に早く到達できるように手助けしたいのに、私が思うようについて行かない(行けない)から、叱咤してくれている、というのもあると思います。大いに。私としても、サッサと実力を付けて、どんどん先に進みたいと思っています。

でも、現実は。

やりたい気持ちは大いにありますが、時間が無い。いや、体力の続く限り目一杯やることはできるでしょう。ピアノの上達の為に意識を振り切れば、可能だと思います。ですが、その翌日以降の仕事は、多分満足にはできないと思います。目一杯ピアノを練習して、仕事も目一杯頑張る。若ければ、若くて体力回復力があれば、両立は可能だと思います。今の私には、両方を力の限り頑張ることは難しいと言わざるを得ません。どちらかを選択しなければなりません。そして、願望だけで言えば、ピアノ一択なのですが…。

私が独り者であれば、迷わず願望の赴くままに従うと思います。が。今、私は一家の大黒柱です。少なくとも収入の面で言えば、私が我が家の稼ぎ頭です。私の収入が無くても生活できるか?と問われると、少なくとも子どもが全員社会人になるまでは困難、と言わざるを得ないでしょう。いや、子どもが成人した後も、今の収入を手放せるかどうか…。

願望と現実があまりにもかけ離れている。結果的に、どっちつかずになっているから、余計に苦しいーーー。

趣味は趣味として割り切れば、これ程苦しまなくても済むのでしょう。先生にも、「仕事があるので、そんなに高難易度の課題は短期間には無理です。」と、言えるでしょう。いや、そもそも、ソルフェージュには手を出さなかったかも知れません。何せ、「趣味」なのだから、楽しくもない苦しみしか感じない要素は、一滴も欲しくありませんから。

でも。

「趣味」の一歩先を見てみたい気がしています。その「スケベ心」が、今の状態を産み出しているとも言えます。そういう意味では、自分で自分自身を「四面楚歌」に追い込んでいるんです。困ったものですよね…。

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[三女ちょこ 現実を潔く受け止めて、尻尾を巻いて逃げられたら、ちょっとは楽になれるんでしょうけれど、ねぇ。]

 

勉強方法と練習方法

コロナ半軟禁生活も残すところあと1日、のワタクシです。

(出勤停止なのに、年次休暇を消費させられていることに多少の不服はあるものの、予想外の長期休暇を貰った、と前向きに捉えることにしました。)

 

最近、ピアノの練習時間と練習方法について、愚痴る記事をしばしば投稿しています。

今回は、時間の件ではなく、練習方法について、ふと疑問に思ったことがあったので、記事にしてみました。

 

以前にも書いたかも知れませんが、実は私は資格試験の勉強は、それ程苦手ではありません。好きではありませんが。

難易度の高くない資格であれば、いきなり過去問を何回か繰り返します。ちょっと難し目の試験であれば、過去問もやりますが、薄目の、試験範囲を網羅している参考書を基本書として使い、最初から最後まで何回も目を通しつつ、新たな知識を書き加えていく方式にしていました。

要するに、試験の範囲を把握して、どれだけ勉強すれば良いのか、目測を立てるのです。所謂「塗り絵方式」です。枠をなぞって、その内側に色をつけていく方式です。

この方法で、今まで受験した、大抵の資格試験には合格出来ていました。

しかし、ピアノは…?

 

子どもの頃は、新しい曲を貰うと、速攻で、辿々しくても最後まで譜読みを終えていました。それから弾き込んでいく、というスタイルをとっていました。

大人になって、ピアノを再開した時。

お師匠は、一曲全部を譜読みせよ、とは言いません。いつも曲を小間切れにして、「来週はここまでやってきて下さい」と、言います。その都度、小さいながらも違和感を感じていました。でも、違を唱えられるか、と言われると、その指定されたところも完璧にこなせられる訳ではないので、唱えることは出来ませんでした。

YouTubeの諸先生方も、譜読みの段階ですら、通して練習するよりも、細切れ練習をする方が近道だ、と仰る。部分部分を完璧に仕上げてから次に進む。所謂「切り絵方式」と言えば宜しいでしょうか。作業中、その部分は何色なのかは見てとれるけれど、最後まで作り込まないと何の絵だかは分からない。そんなイメージでしょうか。

 

未熟な私は、先人達がヨシと言う方法に従って、練習しています。が。

細切れの練習「切り絵方式」は、練習する範囲が短くて1回1回の練習は楽だけれど、つまらない。そして、終わりの見えない闘い、のように思えてなりません。いつまで経っても曲の最後にまで辿り着けない、中途半端な気持ちになり、欲求不満になります。当然、練習は義務になり、苦痛なものになります。

 

今回、コロナの半軟禁生活の中で、半分は療養と今まで蓄積してきた疲労回復に費やすことができました。そして、昨日あたりから、家の中では無理ない程度には日常生活を送り出しました。ピアノ練習も再開しました。ガツガツは、流石にやりませんでしたが、それでも通常の平日よりは沢山。療養期間中は、本来ならば「無い筈」の休暇なので、余剰の時間として捉え、やりたい放題好き勝手に気の向くままの練習をしました。過去の曲を手慰みに弾いたり、指の練習をしたり。今年の夏の発表会に弾く予定の曲の譜読みをしたり。その譜読みを、曲の終わりまでやりました。…意外とあっさり出来てしまいました。そして、辿々しくても、最後まで曲を弾き終えると、ある種の達成感がありました。何回か繰り返すと、少しこなれてきて、弾きやすくなってきました。何回やっても、取り敢えず1曲弾き終えた、という満足感をその都度感じられて安心しました。

…というのを感じた時。

私には、細切れ練習は合わないのかも知れない、ということを悟りました。

まず、自分のクリアすべき課題の大枠を把握して、それから隙間を埋めていく「塗り絵方式」。これが、私に合っているやり方なのだと思いました。

通しの練習の中で、気になる箇所、間違えやすい箇所を抜き出して練習する。レッスンで指摘されたところも、当然練習しますが。そもそも、練習量、弾く回数がただでさえ足りないのだから、小難しく考える暇があったら、身体と指が覚えるまで、闇雲に弾かないと、ですね。

そして何より、私は「楽しむため」に音楽をやっている、という大前提があることを、忘れていました。上手くなりたいと、切に思いますが、音楽の練習が苦しくなるなら本末転倒、です。

 

コスパ」とか「タイパ」とかを重視するのであれば、諸先生方の「切り絵方式」を選ぶのが本道なのかも知れません。

いや、でも。

資格試験の勉強は、「塗り絵方式」を使うヒトが多い気がします。

分かっても分からなくても取り敢えず最初から最後までざっと網羅する。これを繰り返すことにより、「初めまして」の専門用語も、何回もすれ違って「顔見知り」になり、試験直前には、「友達」は言い過ぎにしても、「知り合い」程度にまではなりますから。気難しい付き合い辛い用語は、色々な参考書を調べたり、何回も覚え直したりしますから。

音楽だって、同じやり方が通じるのではないかと思うのです。何回も通して練習することによって、「初めまして」から「知り合い」になれると思うのです。そして、できれば「友達」「親友」にまでなりたいです。相当な回数の練習が必要でしょうけれどね。

 

鍛錬が必要な勉強と音楽。

結果を出す為の方法が、真逆である訳は無い、と信じて。

これからは、自分の楽しい方法でやってみようと思います。思うような結果が出なかった時に、また模索すれば良いのですし、ね。

[六女ゆき 虎視眈々と狙うその瞳。一途な心意気。見習っていきたいです]

蛇足ですが。

勉強においては、「切り絵方式」は、学校での成績優秀者に多い気がします。でも、成績優秀者が、資格取得に強いか?と言われると、そうでもないのですよね〜。

未だに駆使出来ない。

コロナで、半隔離生活中のワタクシです。

手に出来る手慰みのブツが、スマホと読みかけの本だけなので、自然とスマホを弄んでいます。普段読みたくても中々読みに行けない「読者」登録しているブロガーさんの記事を、この機にゆっくり読んでいます。「ブログ荒らし」と、訝しがらないで下さいね(苦笑)

ブロガーさんの記事を、最初から読み進めたいので遡りたいのですが、年季のあるブログだと、最初の記事に辿り着くまでに力尽きて、挫折。2〜30程度の記事のブログなら頑張るのですが、それ以上、5年も6年も続けておられるブログは、もう、底無し沼のように深くて…

そう言えば。私がこのブログ始めて154日目なんですって(2025年2月21日現在)。で、記事の投稿も154記事なんですって。ホントかよ?と疑いたくなる数字ですが…。だって、毎日投稿をした記憶は無いし、下手をしたら1ヶ月くらい平気でご無沙汰しますからね。あれ?私は2023年に何とか滑り込みでブログを始めたはず。365日以上は経っているぞ?なんか、変な数字だなぁ。

さて置き。こんな怠惰な私ですら、154記事投稿なんだそうです。マメなブロガーさんなら、1年のうちでもっともっと投稿しているでしょう。

で思ったのは、「はてなブログ」は、記事の投稿については支援推奨しているけれど、読み手が読みやすい検索方法については、あまり優しくないんじゃないかなぁ、ということでした。

項目ごとに検索できるのは有り難い。が、単純に過去から読み進めたいと思った時に、古い順から読み進めるタブが無いんですよ。いや、方法はあるのかも知れませんが、私のところにその情報は伝わってきません。(検索不足なのかも知れませんが。もしそうならば、伝達不足でもあると思うのです。)

ブログの記事って、ただ単に、「今」を読みたいだけでなく、その記事を書くヒトの「ひととなり」とか、心の変遷を想像することも、面白さの一つでもあると思うのです。過去の記事があって、「今」があるんだなぁ、と。

単に知識を得たいだけなら、ブログではなくて、百科事典を読めば良いのですよ。若しくは、学術論文を読めば最新の情報がわんさか入ってきます。今は、ネットでググれば、エビデンスのある学術論文の多くを簡単に読むことができますから。

勿論、嘘や詐術は論外ですが、ブログの醍醐味は、事実を無味乾燥のまま記述している訳ではないところなんですよね。ヒトの心があって、ヒトの営みが感じ取れた上での事実が大事なんですよ。それが主観的な事実でも良いのです。なぜそのヒトがそう思うのか、に思いを馳せるのが面白いのです。少なくとも、私はそう思っています。

 

で、結論。私が何を言いたいか。

はてなブログ」さん、記事の順番を逆順に出来るタブを作って下さい。

ただ単に、それだけ。

その事を言いたいがためだけに、1000文字以上も書き連ねてしまいました。我ながら、クドいなぁ(苦笑)

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[六女ゆき そんなに、怪訝な目で見ないで下さいよ…😅]

遺志を託す。

昨日、憎っくきコロナのせいで、角野隼斗さんのリサイタルに行けない、という話を記事にしました。

 

catsinwonderland.hatenablog.com

 

仕事が終わって帰ってきた「大きい猫」に、この未練タラタラな心境を延々と愚痴ると、

「じゃあ、しょうがないから行ってくるよ。」

と、一緒に行く友人を見繕ってくれました。やはり、シュフとデートは嫌みたいです(苦笑)

今朝、チケットを手渡しながら、一緒に行く友人の事を聞くと、

「言ってもわからないじゃん」(私が交友関係について詳しくないので)と、言いつつも、高校時代の友人(同性)とのこと。

「その子、角野隼斗さんの事、知ってた?」

というと、

「さぁ。」

じゃあ。

「ピアノとか、音楽やってるの?」

「さぁ。」

どうやら、仲の良い友達に誘われて、暇で、無料だから行く、という、とても軽いノリらしいです。

この、私にとっては「プラチナチケット」を、価値のまるで分からない子たちに譲るのかぁ!

…というのが、顔に表れたのでしょう。

「別に、行きたくて行く訳じゃないからね。『勿体無い』って言うから、無駄にしないように行くんだからね!」

と、「大きい猫」に、釘を刺されてしまいました。

 

…そうでした。

プラチナチケットが紙屑になるところを、彼らに救って貰ったのでした。贅沢は言えません。

それに、生の音楽に触れることにより、彼らに何らかの感銘があるかも知れません。今日明日にではなくとも、数年後、十数年後に化学反応があるかも知れません。何も無くとも、クラシックのコンサートに行った経験が、彼らの人生に、何らかの影響があるかも知れません。ガチのクラシックファンでないと、サントリーホールに行く機会なんて、一生無いでしょうから。

あの、荘厳さ、音響の素晴らしさ。

何か、感じ取って欲しいなぁ。

 

……

 

…未練タラタラですね。

 

何せ「コロナ陽性」と、診断されたので仕事を休み、半隔離生活をしていますが、身体は結構元気なのですよ。このまま仕事が出来そうなくらい。仕事は嫌いですが、こんな体調で休むなんて、年次休暇が勿体無い!

ピアノの練習でも…とも思いましたが、「感染するの嫌だから、寝室から出てくるな!」

と、「大きい猫」に怒られました( ;  ; )

今、私の手元にあるのは、スマホと読みかけの本だけです。パソコンもリビングにあるので、YouTubeの編集も満足に出来ません。つまらん。

 

どうやら私は重症ではないから、元気に(!)悶々と煩悩にまみれているのは分かってはいるのですが、

あ〜〜〜!リサイタル、行きたかったなぁ〜〜!!!

と、相変わらず布団の中で、地団駄踏んでいます(苦笑)

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[六女ゆき と 五女そら 早くリビングで娘たちとわちゃわちゃしたいです。ところで。猫や犬にコロナは感染するんでしょうか?コロナ禍の時に、感染した猫が殺処分された、というニュースを見たような見なかったような…]


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コロナ、陽性‼️

どうせなら「妖精」の方が良かった…

どうして、よりにもよって、今日なのでしょうか?

 

元々、体調不良で年次休暇を取得するのに抵抗があります。(皆そうか。(苦笑))

なので、単なる発熱ならば、とぼけて出勤していました。少なくともコロナ禍前までは。勿論、インフルエンザなどの感染する病気は休みますが、発熱しても元気なうちは、自分を騙し騙し、出勤していました。

しかし、今のご時世、それは迷惑なこと、と心得て、今日は潔く休み、病院を受診しました。

 

結論から言って、

コロナ陽性。

 

ため息が出ます。

 

明日、かてぃんこと、角野隼斗さんのリサイタルがあるのですよ。それも、天下のサントリーホール

 

購入に抽選があり、当選が分かった時には天にも昇る気持ちでした。

このリサイタルの為に、仕事を調整して、万全の態勢を整えました。

なのに、コロナ…。

 

布団の中で、地団駄を踏んでいます。現在進行形です。

 

自分が行けないこともショックですが、チケット代、決してお安くはありません。前日なので、お代は要らないので、席を無駄にしないためにも、誰かに行っていただきたいのですが…。

元々シュフと行く予定だったのですが、シュフは、私が行かない(違う!「行けない」だ( ;  ; ))となったら、テンションが駄々下がりのようで…

「だって、どうやって行ったら良いのかわかんないんだもん」

お前は子どもか〜💢!

という、言葉をぐっと飲み込んで、

「『大きい猫』が行くって言ったら、連れて行って貰いなよ」

と言ったのですが。

「大きい猫」は、子どもの頃からピアノを習っている割に、ピアノに対してかなり淡白で、毎回コンサートに行く時に誘ってはいるのですが、

「行かなーい」

と、あっさり袖にします。

それでなくとも、親と出掛けるなんて「キショい」なんて言いそうなお年頃。

しかも、シュフと2人で、なんて本気で嫌がりそうです。普段は仲が悪い訳ではないのですが、引率じみた遠征…。嫌がりそうだなぁ。

「大きい猫」は、今日夕方までバイトとのこと。結論は、夜以降に持ち越しそうです…。

 

発熱とは言え、結構元気です。

コロナの処方薬も飲んだし、体調的には、外出できそうなんですが…

 

え〜んっ!

行きたかったよ〜😭

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[四女むぎ 「運が無かったわね〜」と、憐れまれているようです…]


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↑文旦到着があまりにも嬉し過ぎて興奮していたら、こんな動画にされてしまいました(笑)ちょっと悪ふざけしてますね〜。

 

余談ですが。

コロナの処方薬。

足元を見られたような超高額ぶり!

たった7粒で、1万7000何某円ですよ!それも、3割負担で!これが、厚生労働省界隈、医師薬学会を潤しているんですね〜😱

なのに、診察は電話越し。隣に、同じくコロナ陽性患者が居るところで、ですよ?会話は丸聞こえ、プライバシーなんてあったもんじゃありません。そして、解熱してから14日は、病院に来るな、ですって。看護師さんやスタッフの方は、私と対面で業務を行っていたのに…。