猫と犬とピアノと、たまに本。

猫娘達と犬娘、そして音楽と本に囲まれて生活しています。

遵法精神。

ニンゲンの価値観ってそれぞれ違うから、自分にとって正しいことが他人から見たら違うことも、そして、逆もまた然り、ということも結構あると思います。

けどなぁ。

犯罪を犯しておきながら、しれっと数年後には華麗に復帰を果たしている芸能人とかを見ていると、お手本となるべき画面の向こう側のヒトが何やっても許されるんだから、一般市民に遵法精神なんて、根付かないよなぁ。と、思ってしまいます。

そんな、遵法精神の根付いていないヒトたちが面白がって?投票するから、「パワハラ」疑惑のヒトが当選しちゃうんじゃないかな〜と、つい思ってしまいました。まあ、まだ立検されている訳ではないし、刑が確定している訳ではないから、「推定無罪」の考えでいったら、罪人ではないんだけれども…。

仮に立証できたとしたら、パワハラなんて可愛らしいものでなくて、内容によっては「暴行罪」とか「傷害罪」「侮辱罪」「名誉毀損罪」の構成要件にも該当しうるんじゃないのかなぁ、と深く事情を知らないワタクシは思った次第です。(偏見を承知で言うなら、事なかれ主義の多い公務員の約半分が「パワハラを見た」と言うのだったら、結構エグいパワハラ若しくはパワハラもどきがあったのではないかなぁと想像してしまいます。クドいようですが、私の偏見であり私見です。)

 

そのくせ有名人でない、ごく一般的なヒトが例えば「つい」うっかり事故でヒトをハネて誰かをシなせてしまったりしたら、もう大変!マスコミからご近所さんから縁もゆかりもない方から袋叩きのようにあって、場合によっては自分の生活基盤を失いかねないのです。また、マスコミという「第4の権力」と呼ばれる機関が、「男」「女」と、さも蔑んでも良いかの如く呼び捨てる。 刑が確定するまでは「推定無罪」なのに。そもそも、罪を犯したら蔑んでも良い、とは思いませんが…。「明日は我が身」と言うことを、皆さん分かっていらっしゃるのかどうか…。

 

罪を犯したヒトに、やり直しの機会があるのは良いことだと思います。

が、「このヒトは(やり直しても)良い」「コイツはダメ」と、身贔屓やフィーリングで判断するのはどうなのかなぁ、と思ってしまうのは私だけなのでしょうか。

好きか嫌いか、自分にとって利益があるかどうかだけではなく。多様性を重視すべきではあるけれど、判断基準には、「正義感」とか「遵法精神」のエキスを数滴くらいは混ぜて欲しいなぁ。トラブルの先には、やったニンゲンだけでなく苦しんだヒトも存在するんだから。(両方被害者であり加害者の場合もあるけれど。)そして、自分にとっても「明日は我が身」なのだから…。

 

あ、法だからルールだからといって闇雲に守らないといけない、とは思ってはいません。…という話はまた別の機会に。(機会があれば…(苦笑))

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[三女ちょこと四女むぎ むぎの鋭い眼光に思わずちょこが目を逸らした…みたいです]